日本人の他人に求める社会人像が完璧すぎることについて

2019年11月23日

日本人の他人に求める社会人像が完璧すぎることについて

わたしたちが子供の頃、大人になると何でも自分でできる成熟した大人になれるものと思っていませんでしたか?
しかし、子どもの頃に思い描いていた年齢を超えても、自分は意外と大人になっていないと感じる人が多いのではないでしょうか。

大人の社会は世間一般の常識を持っていることや我慢ができて当たり前、できなければ非常識とされる風潮にあります。

確かに子どもから比べると、この日本社会の不文律を心得るようになっているのでしょうが、個人が過ごしてきた地域や生活習慣によって違うのはいうまでもありません。

ですが、その不文律の心得を”他人”に求めるときには聖人君子のような対応を求める人が多いような気がします。

では、日本人の他人に求める社会人像がどんなものなのかを考察していきます。

 

 

マナーを守る

マナーを守るルール(規則)を守らなければ、わたしたちがある程度平和に暮らす上で必須なため守らなければなりません。

しかし、マナー(行儀作法)は自分の行動によって他人を不快にさせることのないよう気遣う行為であるため、個人の裁量によるところが大きいですが、やはりマナーが悪い人を見かけると気分が悪くなります。

例)

  • 公共の場では大きい声は出さない(騒がない)
  • 老人、妊婦、けが人などには席を譲る
  • 喫煙コーナー以外では喫煙しない
  • ポイ捨てをしない
  • 約束の時間には遅れない
  • 体が当たっ(ぶつかっ)たら謝る

他多数

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感情をコントロールできる

感情をコントロールできる出典:Photo by Pixabay from Pexels

大人になり社会生活送っていくには、気に入らないことや悲しいことがあっても、いちいち感情を表していると収拾がつかないため、表面上は平静なふうを装う必要があります。

しかし、たまに街中でも怒りのままに怒鳴っている人を見かけると、感情のコントロールができないのだなと白い眼を向けられます。

特に我慢が強いられるのは、職場や電車内でしょう。

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経済的、精神的に自立している

経済的、精神的に自立している共通の条件として、少なくとも以下の3点をクリアする必要があると考えられています。
細かい条件は色々あるでしょうが、この3点ができればおおむねクリアではないでしょうか。

  • すぐに人に頼らない
  • ある程度は自分で問題解決をする
  • 自己管理ができる

 

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社会的責任を果たせる

社会的責任を果たせる出典:https://pixabay.com/images/id-1185626/

社会的責任とはちょっと解釈が難しいですが、個人や組織として社会において望ましい行動をすべきという考えです。

おそらく納税に始まり、割り振られた仕事の完遂、ひいては企業の商品・サービス提供、後継の育成などが最低限の責任と認識されているのではないでしょうか。

 

 

 

他者への思いやり

他者への思いやり出典:https://pixabay.com/images/id-1868563/

思いやりとは、他者の立場になって考え気遣うことや、共感することをいいます。
つまり、自分の得になることだけを考えて行動するのではなく、相手にも気持ちよく過ごせるよう心を配ることなので、マナーを守ることもその1つと言えます。

子どものうちは自分のことに精いっぱいでも仕方ないと許されますが、大人になって思いやりに欠ける人は幼稚な人と思われます。
年齢が上がるほど思いやりを持つことが当然と見られる傾向にありますが、実際に思いやりに欠け、自己中心的な壮年(25~44歳)~高年が多いことも事実です。

高年になるにつれて脳が衰えていくことを考えると、年齢が上がるほど思いやりが欠如している人が多いのも頷けますが、社会の通念上は年齢が上がるにつれ他者への思いやりを持っているものだとされているため、ズレが生じているように思います。
これは感情のコントロールにも言えます。

 

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客観的に話をすれば、ご紹介した条件のどれもできてこそ大人と言えますし、物事の善悪を判断することは誰でもできます。
しかし、ご紹介した条件をすべてできている人がどれだけいるでしょうか。

上記の要素をある程度までできる人は少なからずいますが、正直できていない人も、わたしを含めたくさんいます。
そして、そういう人に限って他人の粗について言及するのです。

道端でたばこを吸い、吸い殻を捨てる人が、となりで騒ぐ人に「静かにしろ」と思いながらイラ立つ。
第三者からすればマナーを守れていないのは同じです。

こうしたことが起こるのは、相手の立場になれておらず、自分の言動による他人への悪影響を軽く見積もり、自分はよくて他人はダメという甘えや、認識のズレが招いているのではないでしょうか。

わたしたちは自分のことを誰より一番分かっていると思っており、それはある意味ではそうかもしれませんが、逆に自分のことを正しく認識することが一番できていないのかもしれません。

 

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参考:日本の大人を探る~大人になろうプロジェクト~