客観性を身に着ける6つの方法 前編

2018年1月7日

客観性を身に着ける6つの方法

前回の『客観的は他人の気持ちは分かるという意味ではない。客観的の本当の意味とは?』から長々と客観性について書きましたが、わたし自身、医療機関でテストを受け、冷静で客観性に優れ、共感に劣ると診断されました。
今回は、わたしが普段心掛けている客観的な見方についてお話します。

 

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道を歩いているときなど、頭の中に地図を思い浮かべる

地図とは最高の俯瞰図です。
徒歩でも電車でも何でもいいですが、自分が道を通っているときに地図を思い浮かべ、ナビのように地図上を移動している様を思い浮かべてみましょう。
できない人は、スマホのGPS機能で実際に見てもいいでしょう。
ですが、歩きスマホはやめましょう。

これで自分の目線(主観)からは離れることになりますので、トレーニングとしてはいいかもしれません。

 

 

自分の言動が他人からどのように見えているかを意識する

例えば、知らない人が公共の場でマナー的に自分にとって不利益になるようなことをしたとすると、すごく腹が立ち、口論になったとします。

当事者である本人は悪いのは相手なのに、言い返してくる相手に対して余計に腹が立ち、怒鳴ってしまうとします。
その間に仲裁者が来たので、必死に相手の所業を訴えますが、仲裁者は「まぁまぁ」と言って味方になるどころが自分をなだめようとします。
こんなとき、かなりの理不尽さを感じますよね。

とても共感しますが、自分がされたことに対してだけ執着するのが主観的な人です。

客観的な人は、されたことに腹は立つでしょうが、その後自分が感情に任せて怒鳴っている様を第三者目線で想像します。
いい大人が公共の場で感情のままに怒鳴っているのはみっともないですよね。
すると、今から自分がしようとしていることが滑稽に思えます。

さらに味方にしようとしていた仲裁者は、どちらが悪いなど興味はありませんし、どちらかに見方をしても収拾はつきません。
となると、感情を高ぶらせている方をなだめる方が当然の行動だろうと考え、誰も味方をしてくれませんし、怒鳴っている自分が滑稽だと気付くと、いくら腹が立ってもさらに後味が悪くなるだけだと客観的な人は考え、口論はしない方が得策という判断するのです。

 

 

自分は本当に間違っていないか/悪くないのかを考える

自分は本当に間違っていないか/悪くないのかを考える電車に大きなカバンを肩にかけて乗っているとします。
自分は何も悪いことはしていいのに、何度も隣の人が鞄を押してきます。
何なんだあの人。とムッとして終わるのが主観的な人です。

客観的な人は、なぜ押していたのかを考えます。
もしかすると大きなカバンがずっと隣の人に当たっていたかもしれないと考え、網棚に乗せるなり邪魔にならないようにカバンのポジションをかえたりします。
それで押されなくなれば、大きなカバンが原因だと考えますし、まだ押されるようであれば、他に原因があるか隣の人が嫌な人なのだと他人が悪いと決めつける前に自分に悪いところがないかという視点を持っています。

 

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     思い込みが激しい人の9つの特徴

 

 

次回は『客観性を身に着ける6つの方法 後編』をお届けします。